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全ては同価値

 

 

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価値の均等化

 過去においても、今においても、あなたが苦しかったのはなぜでしょうか?ズバリ!

 

多くの苦しみは”価値観へのこだわり”があるためであり、価値観の不平等があるからです。

 

特定の状態への強すぎるこだわりがあるからです。

もし、何かに対する価値観が偏りなく、全く平等であったなら、あなたの心は苦しくなりません。

 

スムーズにさっそうと歩けることも、転んでケガをしてしまうことも、ギクシャク歩くことも、道に迷って立ち往生してしまうことも、価値においては全く同じなのです。

 

どういう肉体であっても、どうなっていても、どう考えて感じても、どう行動しても、価値においては全く同じなのです。

価値観が同じであるなら、どんな出来事や状況でも、ネガティブな判断や解釈が起こるわけがありません。

 

ネガティブな感情が湧かないし、葛藤も湧かないから、これこそまさい平和で幸せな状態です。

 

”価値観の均等化”を図ることが、ゼロポイントに立つことなのです。

いったん”同価値のゼロポイント”に立たないと、無限の豊かさにリンクできずに、神意識として”完全に自由な選択”ができません。

何かだけに価値をおき続けることは、そこだけに縛られてしまい、不自由になることなのです。

 

他を選択できなくなるからです。

あらゆることから自由であるゼロポイントに立つことが、あなたの現実創造をスムーズにします。

 

そして、何かに強く執着するのは、「これを手放したら、今以上のものが手に入らない」という恐れによるプログラムがあるからではないでしょうか?

 

でも、本当に大丈夫なのです。

あなたにとって、もう縁がなくなったということは、次のさらなる”もっと豊かな縁”が体験できることが決まっているからです。

 

どれもが価値が同じで、どれもネガティブでないとわかったとき、すべてを受け入れられます。

あとは、その時々のあなたの個人的趣味で自由に選択するだけです。

自分が過去に体験してきた現実と、他の人が過去に体験してきた現実に何も優劣はありません。

 

自分がこれから体験したいと望む現実と、他の人が体験したいと望む現実とは価値が同じなのです。

ここが深く腑に落ちると、自分の今後の選択肢が大きく広がるのです。

価値観へのこだわりが強すぎて「~でなくてはダメ」に執着してしまうと、選択肢がとても狭くなり不自由になります。

 

昔から言われてきた「執着とこだわりを捨てよ」の真の意味です。

「執着を捨てよ」とは、何も欲求するなとか、適当なところで欲望を見限りなさいと言っているのではありません。

 

優劣、善悪、損得、正邪など、偏った見方に執着するなと言っているのです。

 

虚空にも宇宙にも、そういう偏見はないからです。

貯金はいいけれど、借金はダメ。

合格はいいけれど、不合格はダメ。

結婚はいいけれど、離婚はダメ。

継続はいいけれど、中途半端はダメ。

健康はいいけれど、病気はダメ。

誕生はいいけれど、死ぬのはダメ。

自然死はいいけれど、自殺・他殺はダメ。

持ち家がある人はすばらしいけれど、持ち家が無い人はダメ。

 

こういった自分自身を恥だと感じさせるような価値観(プログラム)や、他者を恥ずべき存在だとする価値観を捨ててください。

価値観へのこだわりが、いつまでも平等愛(博愛)を実践できない原因であり、神になれず人間のまま留めおかれる原因です。

価値の均等化を、別の言い方では無条件の愛と呼びます。

 

失うことと得ることが同じ価値。

あげることともらうことが同じ価値。

有ると無いが同じ価値。

未知と既知が同じ価値。

歓喜と絶望が同じ価値。

遊びと仕事が同じ価値。

若さと老齢が同じ価値。

あなたと私が同じ価値。

暗愚と賢明が同じ価値。

貧困と富裕が同じ価値。

勝つと負けるが同じ価値。

入金と出金が同じ価値。

失敗と成功が同じ価値。

神と人間が同じ価値。

 

あらゆるすべてが”ただそうであるだけ”!

でも、どうすれば価値観へのこだわりがなくなるのでしょうか?

それは実にシンプルなことで、ただ、「価値観へのこだわりをしない」と決めるだけです。

 

「価値観へのこだわりを手放す」とシンプルに意図してください。

上下の価値観を手放して、あなたは興味の湧くもの、トキメキを感じるものを選択すればいいだけです。

 

もし、シンプルにそう意図できないなら、あなたの心の奥には「ここまで苦しんできたのだから、そう簡単に自分の価値観を手放すものか」というような思いがないでしょうか?

それこそが”こだわりの中のこだわり”です。

 

でも、「手放すものか」と意図するあなたも、「手放そう」と意図するあなたも、これまたやっぱり価値は同じ。

だから、どうぞご自由に。

なんて人生は気楽なところなのでしょう。