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セックスへのコンプレックスと振り子の関係

私たちの世界では、ほぼ至るところで直接あるいは間接的に性的な関係についての情報と遭遇せざるを得ない。トランサーフィン・モデルでは、このテーマを、ほかのテーマ同様、通常とは異なる角度から取り上げている。人々の私的生活において、セックスは、そう認めるか否かにかかわらず、たいへん大きな役割を果たしている。より正確には、セックスそのものではなく、セックスへの関わり方というべきであろう。その人が性生活を営んでいるかどうかには関係なく、時折頭の中でそれへの関わり方を表す考えが閃光のようにきらめく。

 

一般的に言うと、ここでは中立的な立場というものはありえない。いずれにせよ、生きとし生けるものであることを思い知らされるのだ。ある人々には、セックスへの関わり方が、不同意、苛立ち、嘲笑、拒絶という形で表れ、また、ある人々では、意図に変わる。そして、もし意図が実現されない、または不首尾に終わると、精神心理にはありとあらゆるコンプレックスが生まれる。コンプレックスはトランサーフィン用語でネガ・スライドと表現される。

 

セックスの問題は、全員とは言わないまでも、実に多くの人々にとって、程度の差はあれ、悩みの種であると断定できる。そして、非常にたくさんの人々が同じ種類の悩みによる何らかのコンプレックスをただいている。ここで大きな役割を演じているのが振り子である。振り子はありとあらゆる方法によって、あなたが不完全で、問題をかかえていることを吹き込もうとする。その結果、あなたが自分に問題があると本当に信じ込んでしまう。想像できないかもしれないが、そう思い込んでいるのはあなただけではないのだ。

 

あなたの私生活は全てがうまくいっているわけではなく、その一方で、他に人々の世私生活は順風満帆だと思っているあなたは、すっかり道に迷ってしまっている。そんな考えは、振り子がマスメディアを利用してわざと作り上げた幻想である。セックスをテーマとして取り上げたものに注目してみると、すべて順調と思われる人々が目につくだろう。

 

そこで、スタジアムが満員になるくらいに人々を集めたうえで、「何かがうまくいっていない」人々に退出してもらうことにすると、後に残るのは両手の指の数より多くはないはずだ。人々でいっぱいあふれた巨大なスタジアムの真ん中にいる自分をイメージしてみよう。そこから人々が突然いなくなり、残っている「正常な」人々を探そうとして、あなたはあたりをきょろきょろ見回すのである。実態はそんなものだ。

 

たとえ友人たちが自慢する武勇伝に誇張は無いとしても、彼らには彼らなりの問題があると断じてよい。それを彼らは周囲の人々からだけでなく、自分自身からさえも、巧みにし隠している。

 

ここでフロイトを引き合いに出すのはやめておこう。現代社会における「色情狂」の規模がどれほどのものか、フロイトは想像できただろうか。ここではただ次のような問題を提起するだけにしておく。自然から与えられたこんな単純な機能に磨きをかけて完璧な域に達するなどということから、なぜこれほどまでに多くの問題が発生するのか。

 

この問題への答えはきわめて意外なところにある。それにいくらか関係しているのが、フラッシュモブのような現象である。この現象をご存じないといけないので、以下で説明しよう。

 

晴れた日のにぎやかな通りや広場をイメージ願おう。すべてがいつもと変わらずに進行している。そのとき、数十人、あるいは数百人が、これといった理由もなしに、突如として雨傘を取り出して広げると、まるで雨が降ってきたかのようにふるまうのである。「まともな」通行人たちは、ぽかんと口をあけてたたずみ、「雨中の人々」は浮かれ騒ぐ。

 

こんな壮大な冗談がいとも簡単に催される。お互いに顔さえ知らない人々の集団は、決まった時刻に指定された場所で合図に従って何かばかばかしい行動をしようと、インターネット上で取り決めるのである。

 

こうした行動を取っている時に、何が起こっているのだろうか。ご存知のように、人々の集団は一定の方向で思考し始め、振り子を作り出している。フラッシュモブの実行グループは、「ご覧、我々のやっていることを!傘をさしているんだよ!」と思う。ほかの通行人たちは、ぽかんと口をあけ、「なんだ、こいつらは?」と当惑する。人間集団の同種の思考エネルギーの放射が共鳴をもたらし、共鳴のエネルギーを振り子が九州する。

 

フラッシュ振り子はもっとも短命で、瞬間的に現れては消える。だから誰にも悪さはしない。こんなたわいない例から、寿命の長い破壊的振り子がどのように生まれていかに影響を及ぼすかをうかがうことができる。

 

人々が同じ方向へエネルギーを放射するようにさせるには、どうすればよいだろうか。行動と思考のパターンを決める、つまり、決まりを設ければよいのだ。もちろん、決まりを設けるのは、振り子ではなく、人間自身だ。振り子は意識された意図を現実化させる能力を持っていない。振り子はひとりでに生まれる。しかし、振り子を生み出すのは設定された決まりなのだ。振り子の決まりは、人類が考え出したすべてのもののなかで最も恐ろしく有害である。その主旨はこうだ。「私のようにやってごらん!」

 

一般的な形式の行動や思考のどんなパターンでも、振り子の決まりになってしまう。観察してみると、そんな決まりが四六時中作用していることに気づくことだろう。もちろん、決まりが常に害をもたらすとは限らない。たとえば、スタジアムに集まったファンたちによる波は、その場限りのフラッシュ振り子を生み出す。そんな振り子は共鳴エネルギーを摂取するが、そのことで誰も迷惑をこうむったりしない。

 

コンサート・ホールでは、振り子は聴衆のエネルギーを猛烈に吸収する。けれども、そのことから被害を受ける人はいない。ところで、アーティストたちがどうふるまうか、よく見てみよう。彼らは振り子の決まりによって全力で聴衆を揺り動かそうとする。「腕を上げて、もっと高く、もっと高く!さあ今度は、みんな一緒に!」。聴衆は従順に拍手し、そのエネルギーは一人ひとりとしては取るに足りないものだが、共鳴し合うため、ホールに覆いかぶさってくるような透明なモンスターを作り上げる。

 

もし振り子がこうしたエネルギーを吸収してくれないと、アーティストたちは文字通り空中へ舞い上がってしまうだろう。だが、アーティストあちがエネルギーのごくわずかな分け前を受け取るだけであって、残るすべては振り子が奪い取る。モンスターは、人々が「私のようにやってごらん!」という決まりを実行している間は、存在し続ける。

 

ほう、だからなんだって言うのか?なにしろ何も怖いことは起こらなかったのだから。実際、フラッシュ振り子は無害なのだ。では、それがセックスとどう関係するのか。あなたにはどうにもちんぷんかんぷんな話だ。

 

私はセックスをテーマに話始めたが、フラッシュモブに話題を移した。両者に共通なものは何か。あなたはおそらくエネルギーと何か共通した関係がありそうだと察したことだろう。実際に、セックスを行っているときに、フラッシュ振り子が生じ、共鳴エネルギーを吸収するのだ。人々は太古の昔から、「芝居の舞台」上でひそかに舞い遊ぶものの存在について、薄々気づいていたか、知っていた。

 

トランサーフィン・モデルの枠内ではフラッシュ振り子と呼ばれるこうした存在は、様々な民族間で、通常は、感情的に彩られたイメージと結びついている。たとえば、いわゆる「悪魔のお楽しみ」がある。オカルトを実践する一部の者たちは、性行為の最中に神秘世界(波動エネルギー的世界)の様々な代理人たちを引き寄せるエネルギーが放射されることに断固たる確信をいだいている。神秘世界の代理人たちは四方八方から平石、悪魔の饗宴なるものを催すのだという。

 

何を話そうとも、フラッシュ振り子があなたに害を及ぼさない限りは、あなたはまったく心配いらないはずだ。フラッシュ振り子は、あなたがいずれにしろ使い果たすことになるエネルギーをただ吸収するだけのことなのだ。だが、問題の核心はそこにあるのではない。最近のセックスの在り方を振り子と結びつけることが問題なのである。そして、結びつけようとするのが「私のようにやってごらん!」という振り子の決まりなのだ。

 

マスメディアの技術的発展に伴い、振り子の決まりは完全支配の道へと歩み出した。いたるところで人間の精神心理は、行動と思考のパターンを浸透させるための、目立たないが非常に効果的な影響にさらされている。私はここで「ゾンビ化」という言葉を慎重に用いるべきだが、本質的にはすべてがこれに向かって進んでいる。