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オナ禁.com~オナ禁を成功させる方法

オナ禁で人生を変えよう!!正しいオナ禁の継続で健康的な体と、強靭な精神を作り上げ、人生を成功に導く!!!

スピリチュアルなわたしと願望実現

私たちを無限に結びつけてくれる願望実現の法則を引き寄せるために、どのようにして真実を知ればいいのでしょう?

もし真実が宇宙精神の重要な原理で、あまねく行き渡っていることを悟れば、そのことに関して間違いを犯すことはありません。たとえば、健康を求めているなら、あなたの中の「わたし」がスピリチュアルで、すべてのスピリットが一つであること---部分はどこをとっても同時に全体であること--を自覚すれば、健康な状態がもたらされます。なぜなら、身体のすべての細胞は、あなたの見た目通りの真実を必ず表現するからです。あなたが病を見れば、病をあらわすでしょう。完璧さを見れば、完璧さをあらわすでしょう。「わたしは非の打ちどころのない全体で、力強く、愛と調和に溢れ、幸せだ」という肯定的な思いは円満な状態をもたらすでしょう。なぜなら、その肯定的な思いは真実にぴったり一致するからです。真実が現れる時、あらゆる形の間違いや不和は消え去る運命にあります。

 

「わたし」がスピリチュアルであることはゆるぎない真実です。ですから、「わたしは非の打ちどころのない全体で、力強く、愛と調和に溢れ、幸せだ」という肯定的な考えは、科学的に正確なものです。

 

思考はスピリチュアルな活動であり、スピリットは創造的です。よって、ある思考を心の中に持ち続ければ、必然的にその思考と調和する状態を生み出さずにはいません。

 

あなたが富を必要とするなら、あなたの中の「わたし」が、全能の根源物質である宇宙精神と一つであることを認識してください。そうすれば引き寄せの法則が働き、あなたの肯定的な思いの強さに応じるパワーと豊かさの状態を生み出し、成功を後押しする力と共振するようになるでしょう。

 

ビジュアライゼーションは、あなたが必要とする結合のメカニズムです。それは見る事とはまったく異なるプロセスです。見ることは物理的で、客観的な「外的世界」に関わっています。他方、ビジュアライゼーションは想像の産物であり、主観的な「内的世界」の産物です。それゆえ、生命力を持っており、成長します。思い描かれたものは形を取ってあらわれます。そのメカニズムは完璧です。それは「なんでもそつなくこなす」熟練した建築家によって創造されました。残念ながら操作をする者が未熟だったり、無能なこともありますが、訓練と決断力によってそうした欠点は克服できます。

 

もし愛を必要とするなら、愛を得る唯一の手段が愛を与えることだということを理解してください。与えれば与えるほど手に入るということを、愛を与える唯一の方法は、磁石のように他人を引き付けられるようになるまで自分自身を愛で満たすことだと理解してもらいたいのです。

 

もっとも偉大なスピリチュアルな真実を、いわゆる人生の瑣末な物事に適用する術を学んだ人は、自分の問題を解決する秘訣を発見したのです。偉大な人物や自然の風景、アイデア、出来事に触れると、必ず人は元気づけられ、思慮深くなります。リンカーンは彼に近づくすべての人々の中に、偉大な山を前にした時のような畏怖の感情を呼び起こしたと言われています。こうした感覚は、人が永遠の物、すなわち真実の力に触れる時もっとも強く感じられます。

 

これらの原理を実際に試したことがある人、自分の人生で証明した人の話を聴くと、インスピレーションが掻き立てられることがあります。今日、わたしはアンドリュース氏から一通の手紙をもらいました。「親愛なる友よ、「ノーチラス」三月号にわたしの体験が掲載されています。ご自由に参照や引用をしてくださって結構です」

 

この後、次のような文面がつづられていました。

 

今は無き、マーシー医師がわたしの母親に次のようなことを言ったのは、わたしが十三歳の時でした。「まったく治る見込みは在りませんね、アンドリュースさん。私も手を尽くした末に同じようにして幼い息子を亡くしました。以来、こうしたケースを研究することに力を注いできたのですが、息子さんが良くなるチャンスはまったくありません」

 

母親は彼に向かって言いました。「先生、もし彼があなたの息子さんだったらどうします?」「闘う息があるうちは、とことん闘うでしょうね」と彼は答えました。

それが波乱に満ちた長期にわたる戦いの始まりでした。医師たちは皆、治る見込みはないと口をそろえて言いましたが、最善を尽くして私たちを励まし、元気づけてくれました。

 

けれども、最終的に勝利の日が訪れました。幼いころ、肢体が不自由だったわたしは四つん這いで這い回り、まっすぐ立って歩ける頑丈な大人に成長したのです。

「息が詰まる」時の、心と呼吸の密接な関係

「息が詰まる」時の、心と呼吸の密接な関係

 

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まず、「息が詰まる」という言葉を例に呼吸の働きを考えていきましょう。

「息が詰まる」というのは、餅がのどにつかえて気道をふさいでしまい、死にそうになった、という話ではありません。まれに餅がつかえて息が詰まることもあるでしょうが、ほとんどの場合は別な意味で使います。

 

たとえば、プレッシャーから緊張して身体がこわばってしまった状態とか、厳しく諭されて息もしにくいぐらいに緊張してしまった状態を表す時など。あるいは、いきなり四つ星レストランに連れて行かれ、とんでもなく偉い人ばかりに囲まれて、まるで「息が詰まる」みたいだったともいいます。

 

このように、「息が詰まる」という言葉は、呼吸が人間の心理的な現象、しかも、人間関係のような極めて社会的なことと関係していることを見事に表しているのです。

 

私たちはこの表現を日常よく使います。ということは、呼吸はガス交換という生命に直結する働きだけでなく、心理的なことや人間関係のような社会的なことに関係する働きがあるということを、実は、私たちは知っているのです。

 

一方、緊張する場面では、実際に呼吸がしにくくなることもあります。専門的に言うと、腹式呼吸がしにくくなって、もっぱら胸式呼吸になる、もっともひどくなると、胸式呼吸もしにくくなって、肩で呼吸するような感じになります。

 

つまり、実態としての呼吸のメカニズムを見ると、「息が詰まる」という言葉の意味には、実際に呼吸の運動が変わるということも含まれるのです。この結びつきは、納得しやすいでしょう。

 

ここで胸式呼吸と腹式呼吸について少し専門的な説明を加えておきましょう。胸式呼吸は肋骨の拡張収縮運動によって、肺に空気を出し入れすることです。腹式呼吸は、肋骨の下の方についている隊幹部を上下に分ける筋肉の膜、横隔膜を収縮・弛緩させて、肺に空気を出し入れすることです。横隔膜は弛緩すると上に向かってドーム状になるので、胸郭の容積が少なくなって肺の空気が減ります。逆に収縮すると、ビーンと張った一枚の板のようになって、胸郭の容積が増え、肺の空気の量が多くなるのです。

 

ところで、このような横隔膜の弛緩・収縮による呼吸を、なぜ腹式呼吸というのでしょうか。横隔膜がパッと緊張すると胸郭の容積が大きくなる一方、おなかの方はその分押されるので、自然に内臓がぐっと押される。おなかの表面が内側から押されて前にせり出す。横隔膜が弛緩した時はその逆のことが起き、おなかが引っ込む。つまり、腹式呼吸の名はこのおなかの動きに由来しているのです。

 

しかし、腹式呼吸、胸式呼吸という専門的な名前がつく前から、人間は胸でする生きと腹でする息があることを知り、その違いを感じていたのです。だからこそ、「息が詰まる」という言葉も生まれたのではないでしょうか。

 

このように、呼吸はガス交換以外にも実に多様で驚くほど多くの側面を持っているのです。そのことが、私自身、若い時代の関心のよりどころでした。そして、その後、呼吸法の研究を続けていく中で、呼吸って、こんなにもいろいろな側面があったのかと研究者として驚き、感動し続けています。

 

私の呼吸法の開発は、既存の呼吸法の研究および、ある状況における人間の呼吸と動き、心理、人間関係などとの関係についての観察がベースになっています。そして、その中から、人間、社会をよりよい方向に導くことのできる呼吸法を三井田氏、その効果を実験によっても確かめたのち体系化したのが「総合呼吸法」です。