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引き寄せの法則

 

女優のサリー・フィールドは、映画『プレイス・イン・ザ・ハート』でアカデミー主演女優賞を受賞したとき、受賞のスピーチで「本当に私のことが好きだったのね」と言った。この実験では、みなさんにもサリー・フィールドと同じ発見をしてもらう。世界が本当にすばらしい場所であることを証明するのだ。

 

今から48時間、身の回りの善と美をすべて記録する。

もちろん、人間の歴史は血で書かれている----戦争、裏切り、争い。でも、古生物学者のスティーヴン・ジェイ・グールドも言っているように、「化石を見れば、生物的に安定した時代がかなり長くつづいたことがわかる」という事実もある。

 

そもそも、一つの暴力行為があったからといって、それで一万の親切や善意を帳消しにするのはおかしな話だ。思いやり、優しさ、美こそが、人間にとって普通の状態だ。そうグールドは言う。

 

グールドはさらに言う----無数に存在する小さな親切は、たいてい見過ごされ、記録に残らない。だからそれらをきちんと記録することが、私たちの義務であり、神聖な責任だ。

 

今から二日間、つねに手帳を持ち歩き、目撃した親切をすべて記録する。親切の例をいくつかあげよう。

 

・「病院に出かける前に妻がキスをしてくれた」

・「受付の人が生まれたばかりの子供の写真を見せてくれたので、私も生まれたばかりの孫の写真を見せた」

・「両手に本を抱えてオフィスに入ろうとしていると、知らない人がドアを押さえていてくれた」

・「昼食で食堂のカウンター席に座ると、店員が笑顔で『調子はどう?』と声をかけてくれた。

・「混雑した学生食堂で、学生たちがテーブルに相席させてくれた」

・「メールソフトの調子が悪くなったが、同僚に手伝ってもらって直すことができた」

・「違う州の同僚に怒ったような内容のメールを送ってしまったが、穏やかで優しい返事を送ってもらえた」

 

 

 

 

何事も、最初の一歩がいちばん難しい。つまりいちばん難しいところはもう終わったということだ。でも、今やめてしまっては、冒険のいちばん楽しいところをみすみす逃すことになってしまう。挑戦のごほうびはこれからやってくるのだから。

 

ここで私は、次のような提案をしたい。地元のコミュニティや教会、または行きつけのお店でも何でもいいので、この本を読んだ人で集まってグループを作るのだ。

 

FPはいつでも私たちのそばにいて、いつでも私たちを導いてくれるけど、それをお互いに確認できる生身の人間が身近にいるのはありがたいことだ。それに、仲間の存在はいつでも助けになる。

 

犯罪には共犯者が必要だ。そして、同じように、スピリチュアルの冒険に出るのなら、自分の話を聞いてくれる人、自分を励ましてくれる人、この冒険を始めた理由を思い出させてくれる人が必要だ。エイブラハム=ヒックスの教えがよく言っているように、「世界を創造したエネルギーと一体になると、宇宙があなたと同じ波長で振動している人をあなたのもとに届けてくれる」のだから。

 

これは例えて言うなら、宇宙のお見合いサービスのようなものだ。「チームメイト」たちが、あなたの振動が伝わる空間に入ってくる。引き寄せの法則だ。そしてあなたは、彼らと一緒にエネルギーを二乗していく。どんどん大きくなったエネルギは、やがて大爆発を起こし、その後にはすばらしい新世界が出現する。あなたと仲間たちもまったく新しい存在になる。

 

でも、それにはどうすればいいのかって?ここでいちばんのアドバイスは、とにかく実践して楽しむことだ。実践して楽しむことが、いつでも究極のエネルギー発生装置だ。

 

仲間を集めてグループを作ろう。そこにいれば、いつでも守られている、大切にされていると安心できるグループだ。決まった会合は開かなくてもかまわない。電話で話すだけでも十分だ。

 

でも、メンバーはきちんと選ばなければならない。実験の結果を語り合える人たちを集めよう----つまり、自分でも実験を行っている人だ。

 

体験を語り合おう。お互いに刺激を与えよう。自分たちで新しい実験を考えてもいい。私のグループは、毎週違う実験を行うことを目標にしている。

 

実験は何でもかまわない。心を落ち着かせるエネルギーを呼び込んで、緊迫した部屋の空気を和らげるという実験でもいいだろう(これはまるで魔法のような効き目がある。ただ静かで穏やかな気持ちを送りだすだけで、騒々しいレストランが静かになり、険悪なミーティングの空気がなごむ)。または、相手に対する思い込みや偏見を捨てて、人間関係の性質を変えるという実験でもいい。

 

実験の報告会はいつもとても盛り上がる。成功体験を話したり、昔の思考パターンにとらわれて失敗してしまったことを話したり-----成功も失敗も、貴重な学びの機会だ。

 

実験グループの中では、現在の人生に対する愚痴ではなく、いつでも理想の人生について語らなければならない。「何がいけないのか」ではなく、「何が正しいのか」と考える。

 

本当に意味のある質問はこれだけだ。

そして、「何が正しいのか」という問いに対する答えは、まったく新しいあなたの世界だ。あなたがこれから創造していく、喜びに満ち溢れた人生だ。グループで集まるたびに、人生が向上した体験をお互いに報告しよう。

そしていつでも、感謝の気持ちを忘れずに、理想の人生を大胆に夢見て、必ず実現すると宣言する。そのときに、次の三つの事柄を心にとどめておいてほしい。

 

 

1・あなたはすばらしい。自分では気づいていないかもしれないが、それでもあなたは、強大な力を持つエネルギーそのものだ。あなたという存在の核には、いつでも可能性の豊かな流れがある。

 

2・偉大な可能性のフィールドに限界はない。文字通りすべてのことが可能だ。必要なのは、ただ心を開き、古い思考パターンを捨て、もっと楽しく、自由で、大きな思考をつねに目指そうという意志だけだ。

 

3・私たちは運命共同体だ。お互いをいたわり、今よりも相手の存在に感謝して協力するようになれば、すべての人の利益になる---私たちの誰もが持ち上げられる。

もちろん、ゴールラインまで一人で歩いていくこともできる。でも、旅の本当の楽しみは、同行者がいることだ。誰かと一緒に挑戦し、声をそろえて勝利の雄たけびをあげることだ。

 

夢を実現する

 

キャリン・ジョンソンは、子供のころからずっと女優になりたいと思っていた。実際、最初にきちんと話した言葉が「私、演技が大好き」だったそうだ。

 

ニューヨークの福祉住宅に暮らす貧しい家庭で育ったが、演劇の世界、または彼女が言うところの「他の誰かのふりをする」世界が、彼女の人生の大きな部分を占めていた。

ちょうどそのころ、舞台演出家のジョー・パップが主催する無料のシェイクスピア劇が、彼女の暮らすチェルシーにやってきた。それに、弟のクライドと母親のエマと一緒によく映画も見ていた。母親のエマは、女手一つでキャリンと弟を育てた。

 

「キャロル・ロンバドードが長いサテンのドレスを着て階段を下りてくるのを見たときに思ったの。『私にもできる』って」と彼女は言う。

 

「自分もあの階段を下りて、同じセリフを言って、同じ人生を送りたかった。映画の中でなら、女王様になることもできる。大きくて豪華なベッドで寝ることもできる。自分の部屋で、サテンのシーツにくるまれてね」

 

8歳になると、彼女はハドソンギルド・コミユニティセンターの舞台に立つようになった。ここは彼女の地元にある施設で、託児所と子供の演劇プログラムを兼ねている。

 

しかし、高校生になると、彼女の人生は大きくわき道にそれてしまう。読書障害があるために、知的障害があると誤解されてしまったのだ。彼女は高校を中退し、ドラッグ依存症になり、女優になる夢のことはすべて忘れてしまった。そして19歳になると、母親と同じシングルマザーになっていた。

しかし彼女は、勇気を出してドラッグ依存症を克服する。実際、彼女の娘の父親は、依存症克服の力になってくれたドラッグ・カウンセラーだった。ところが、悪いニュースもある。それは、彼が父親にまったく向いていなかったことだ。娘のアレクサンドラが生まれた数か月後、彼は去っていってしまった。

 

キャリンは高校中退で何のスキルもなかった。できることと言えば、子供の世話しかなかった。そこで友人の子供の世話をする仕事を引き受け、その友人と一緒にテキサス州ラボックに引っ越した。その後、友人はサンディエゴに引っ越し、キャリンと娘も喜んでついていった。

 

やがてその友人との仲が破たんすると、キャリンはカリフォルニアで途方に暮れてしまった。お金もないし、スキルもない。車の運転さえできなかった。車社会のカリフォルニアで、運転免許がないのは大いに不利だ。

「私には高校の卒業証書もない」とキャリンは言う。

「私が持っていたのは、自分自身と娘だけだった」

あとは、そうだ、「私は演技がしない」というあの夢だ。それから彼女は、昼間はレンガを積む仕事をするかたわら美容学校に通い、夜は実験演劇のグループに参加した。しばらくの間、葬儀場でヘアセットとメイクアップの仕事をして、福祉の手当では足りない分を補っていた。「子供の靴が一足だけではかわいそうだ。165ドルで買った食材をどうやって1か月もたせようか。そんな心配ばかりしていた」と彼女は言う。

 

そんな暮らしを続けながらも、彼女はずっと「どんなことでも可能だ」と信じ続けた。自分もキャロル・ロンバードになれるという思いを捨てなかった。自分もいつか、長いサテンのドレスを着て優雅に階段を下りてくる。

「演技の才能だけはずっと自信があった。これならできると昔からわかっていた」と彼女は言う。

そのゆるぎない信念が、ついに一つのドアを開けた。

 

1983年、『卒業』などの名作で有名な映画監督のマイク・ニコルスが、たまたま彼女の演技を目にしたのだ。実験演劇グループのバークレー公演で舞台に立った時のことだ。ニコルスはキャリンの演技に衝撃を受け、其の場ですぐにブロードウェイの「ザ

・スプーク・ショー」という舞台に出演する契約をする。これは女性の一人芝居だ。そして、スティーブン・スピルバーグがその舞台を見て、彼女を映画『カラーパープル』のセリー役に抜擢する。そのころ、彼女は名前をウーピー・ゴールドバーグに変えていた。

 

「私は何でもできる。私は何にでもなれる。誰かにできないと言われたことは一度もなかった。おまえにできることは限られていると言われたことも一度もなかった。だから私は、いつも『何ができないか』ではなく、『何ができるか』という視点から考えている」

彼女は自伝の『ブック』の中でそう書いている。

 

「自分が水をワインに変えることができないのはわかっている。猫にフランス語をしゃべらせることもできない。でも、今までの人生で学んだのは、何の偏見も持たずに物事と向き合えば、世界は何でも描ける白いキャンバスになるということだ」

 

「夢に見るだけで、実現することができる。自分のいたい場所にいられるし、望んだ状況に身を置くことができる。マンハッタンの福祉住宅でシングルマザーに育てられた少女が、自分もシングルマザーになり、福祉の手当とその場しのぎの仕事で7年間かつかつの生活をしていても、いつか映画に出ることができる。私はずっとそう信じていた」

 

「そう、だから私は、すべては可能だと信じている。私がそう断言できるのは、自分が実際に体験したからだ。自分のこの目で見たからだ。昔の人が奇跡と呼んだような現象を実際に目撃したからだ。でも奇跡は本当は奇跡ではない。それは誰かの夢の結果だ。私たち人間は、楽園を創造する力がある。自分の手で、お互いの人生をよくすることができる」

 

そう、それは可能なのだ。

「何かが起こっていないからといって、それが不可能だというわけではない。ただ。まだ起こっていないだけだ」